大判例

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札幌高等裁判所 昭和25年(う)460号 判決 1950年11月28日

控訴人 検察官

被告人 福田吉久 弁護人 斉藤熊雄

検察官 小松不二雄関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

被告人の控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

検事及び弁護人の控訴趣意は別紙のとおりである。

検事の控訴趣意について、

本件記録に徴すれば被告人が昭和二十一年四月十四日住居侵入窃盗罪により旭川地方裁判所において懲役七年未決勾留通算五十八日の判決を受け、昭和二十四年八月二十三日網走刑務所から釧路刑務所(当時釧路刑務支所)に移監同所において服役中本件傷害致死事件を惹き起し同年十一月二十六日起訴され同日右被告事件について勾留状の執行を受けたが前刑である前記住居侵入窃盗罪の刑はそのまゝ執行中の為身柄を拘禁され原審が昭和二十五年六月五日本被告事件につき懲役一年未決勾留通算九十日の判決の言渡をしたことは所論のとおりである。しかして甲事件につき言渡された懲役刑の執行を受くる者に対し乙事件につき勾留状を発し之を執行する場合においても之が為其の刑の執行を停止すべき法定の理由は生じないから、右の場合においては一面甲事件についての懲役刑の執行があると同時に他面乙事件についての未決勾留が存するものと解すべきである。(大正十五年八月二日大審院決定刑集五巻四〇三頁参照)しかし右の懲役刑の執行と未決勾留とは観念上併存するに止まり事実上は只懲役刑の執行としての一個の拘禁のみが存在するのであるから、右と同様な本件の場合において原判決の如く未決勾留の本刑通算をなすことは不当に被告人に利益を与える結果を生じ、むしろ違法な措置と謂うべきである。従つて原判決は刑法第二十一条の適用を誤つた違法があり右の違法は判決に影響を及ぼすことが明白であるから論旨は理由があり、原判決は破棄を免がれない。

弁護人の控訴趣意第一点について。

原判示事実は原判決挙示の証拠によつて之を認定するに十分であつて記録を精査するも原判決には事実誤認を認むべき資料がない。弁護人の所論は原審の専権に属する証拠の取捨其の価値判断を其の独自の見解に基ずいて攻撃するに過ぎない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第二点について。

原判示事実の認定が相当であることは前説示のとおりであつて、原審が刑法第二百五条第一項を適用したのは当然であり、法令の適用を誤つたとは見られない、論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第三点について。

本件記録に現われた諸般の事情を綜合すれば原審が被告人に対し懲役一年を科したのは量刑相当である。弁護人の論旨は独自の見解に基ずくもので採用に値しない。

右の次第で被告人の控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条により之を棄却すべく、検事の控訴は理由があるから同法第三百九十七条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により更に判決する。

原判決の確定した事実を法律に照すと被告人の判示所為は刑法第二百五条第一項に該当するところ被告人には原判示事実認定の前科があるから同法第五十六条第一項第五十七条に則り累犯の加重をなし情状憫諒すべきものであるから、同法第六十六条第七十一条第六十八条第三号により酌量減軽した刑期範囲内で被告人を懲役一年に処し刑事訴訟法第百八十一条第一項に則り当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 黒田俊一 判事 猪股薫 判事 鈴木進)

検事の控訴趣意

原判決には法令の適用に誤があつてその誤は判決に影響を及ぼすこと明かである。その理由は即ち

一、被告人福田吉久は昭和二十一年四月十四日住居侵入窃盗罪により旭川地方裁判所に於て懲役七年未決通算五十八日の判決を受け昭和二十四年八月二十三日網走刑務所から釧路刑務所(当時釧路刑務支所)に移監同所に於て服役中、本件傷害致死被告事件を犯し同年十一月二十六日起訴され同日右傷害致死罪について勾留状の執行を受けたが前刑である前記住居侵入窃盗罪の刑はそのまゝ執行中であり右執行の為に身柄を拘禁されているものであることは原裁判所における公判記録中証人佐藤看守部長証言により明かであるところ、原裁判所は昭和二十五年六月五日右傷害致死罪に付懲役一年未決通算九十日の判決言渡を為したことは末尾添付する原判決謄本により明である。

二、然して右傷害致死罪により勾留状の執行を受けた日より判決言渡迄の期間は前記住居侵入窃盗罪の刑を服役中のもので執行中に未決勾留日数を通算したものであるが、凡そ未決勾留日数の通算は勾留が被告人の身体を拘束する点に於て自由刑の執行に類似しているので一定の場合に本刑に通算すべきものとしたので自由刑の執行と未決勾留とが並存している場合には勾留の有無に拘らず被告人は身体の拘束を受けているものであるから、此の期間を本刑に通算すべき理由なくむしろ通算することにより被告人に不当な利益を与え公平の観念に反する結果となる又観念上住居侵入窃盗罪の刑の執行と傷害致死罪の勾留状の執行とが併存しているが実は住居侵入窃盗罪の刑の執行中であつて傷害致死罪の未決勾留は実存しないと考えるべきもので従つて未決勾留日数通算の余地はない。

三、以上の理由により未決勾留日数九十日を本刑に通算した原判決は法令の適用を誤まつたもので而もその誤りは判決に影響を及ぼすこと明かであるから原判決は破棄を免れないものと思料する。

弁護人の控訴趣意

第一点原判決はその理由において被告人は昭和二十一年四月旭川区裁判所において住居侵入窃盗罪により懲役七年に処せられ、釧路市宮本町釧路刑務支所(現在釧路刑務所)において服役中の者であるが、昭和二十四年十月十六日午後六時頃同所第四懲役場第十九号房において同房の服役者伊藤徳太郎(当時六十年)と力自慢のことから口論となり、伊藤から被告人に対して頻りに勝負を挑んだが被告人はこれに取り合はず同房の服役者等において伊藤を抑止したところ伊藤はそれを振り切つて被告人にうち掛つたので被告人は憤激し伊藤の襟元をつかみ力まかせに伊藤を床上に投げ倒しその後頭部を強打させたため同人をして大脳出血を発作させこれに基く大脳実質の壊死に因り同年十一月八日午後八時頃同市紫雲台十番地釧路同仁会において死亡するに至らしめたものである。と判示して被告人は伊藤徳太郎と力自慢のことから口論となり伊藤が被告人にうち掛つて来たので被告人はここに憤激し伊藤を故意を以て床上に投げ倒したように認定したけれども、原判決が援用した証人高橋正之助、同青山市郎の証言によつても、被告人から積極的に手を出したものではなく、伊藤の執拗な攻撃に対し寧ろ防禦的態勢に出たことが認められるばかりでなく、原審公判における証人川上健一は其の内に二人の間が接近し福田は伊藤を殴つたところ其時丁度積んであつた布団の上に伊藤は尻もちをつき、それで暫く掛つて来ないので黙つていると又伊藤は掛つて行き福田がひよつと体を捻じつて体を替すと伊藤が力余つて其侭板の間に転んだのです。と供述し又同証人磯部庄次郎は伊藤から福田にかかつて来ました。口論をしていて伊藤がやつけてやると云つたので皆で止めたが、やめないで伊藤が手を出して来たので福田が一寸手を出したら伊藤が滑つてころんで頭をぶつたのです。と供述し、更に証人青山市郎は原審公判廷において再び伊藤が飛びかかつて行こうとしたら福田は年寄だから止めれ、かかつてくるなと云つたが又かかつて行つたので、福田が体をよけたら、その時足が布団の角かにつまづいたかして倒れたのです。倒れてから一尺位頭を上げたがそれきりでした。襟元をつかみ、やめれと云つたが、またかかつて来ようとしたので福田が其の侭一寸下つたが其時に伊藤の足に布団の角がふれたかして転んだのです。福田が体を替すと同時に転んだのです。

と供述しておるところから見れば、被告人の暴行が原因となつて伊藤が転倒し床上に頭を打つに至つたものではなく、却て伊藤が過つて滑るか或は布団の角にぶつかつて、つまずいた結果転倒するに至つたことは其の当時の真相であつて、以上各証人の一致した供述である、然るに原判決は伊藤の転倒するに至つたのは被告人の所為であると判断したのは事実誤認も亦甚だしいものであつて従て判決に影響を及ぼすことは明かであるから此点においても原判決は破棄せらるべきものと信ずる。

第二点原判決は其の理由中法律適用の部に於て被告人の判示所為は刑法第二百五条第一項に該当するところ………と判示し被告人を傷害致死罪に問擬処断しておるが被告人の所為は積極的に伊藤に暴行又は傷害を加えんとする意思に出たものでなく、伊藤の被告人に対する侵害を防禦せんとしたものであるから被告人の所為は其犯意を阻却するものであり、且つ前点各証人の証言を綜合するも伊藤の転倒は決して被告人の所為に基くものではなく全く伊藤自身の過失によるものである。

以上のような被告人の所為に対して原判決は刑法第二百五条第一項を適用して被告人の罪責を問うたのは要するに法令の適用を誤つた違法の判決であつて且つ又判決に重大なる影響を及ぼすものであることは自明の理であるから当然原判決は破棄を免れないものと思料する。

第三点原判決はその理由中末尾の部分において、弁護人は被告人の本件所為は正当防衛に出でたものであり少くとも所謂過剰防衛に相当する旨主張すれども、前示高橋正之助及び青山市郎の各供述調書の記載を綜合すれば前示伊藤徳太郎が被告人に対しうち掛らうとした所為は単に被告人の怒を挑発したに過ぎないものであつて、急迫不正の侵害とは認め難く被告人の本件所為はその身体を防衛する目的に非ずして伊藤の右挑発行為に対し機先を制して判示のように投げ飛ばして本件傷害を惹起せしめ(因て判示のように死亡するに至らしめ)たものであるから、被告人の行為を目して正当防衛であると解することは出来ないと判示して弁護人の正当防衛の主張を一蹴しておるが第一点及び第二点において説明したように被告人の所為は伊藤の急迫不正の侵害に対し防禦の措置に出たものであつて其の程度を超えたものであるとしても過剰防衛か或は緊急避難行為若くは過剰避難行為を以て論ずべきものと思う。加之前点所論のように被告人には伊藤に対する暴行又は傷害の故意をもたなかつた所為であるから仮りに被告人の所為が原因となり伊藤が床上に転倒し其の結果死亡するに至つたものとするも被告人に対しては過失致死の罪責を負はしめるの外なきものと思われる。

刑法第三十八条第二項に「罪本重カル可クシテ犯ストキ知ラサル者ハ其重キニ従テ処断スルコトヲ得ス」とあるがこの法文こそ本件被告人に対して適用すべき最もよい例ではなかろうか。

叙上のような事情にある本件被告人に対し原判決は懲役一年に処したことは明かに刑の量定が不当のものであつて破棄せらるべきものと信ずる。

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